果たして空いた時間でさえも「有意義」に過ごさなければいけないのか

 よく言われることとして、仕事中だけではなく、勤務終了後や休日、あるいは通勤途中の隙間時間など、「空いた時間」を有効に活用すべきである。というようなことがあります。そうすることによって、出世も早くなるだろうし、趣味においても大きな成果を残せるかもしれない、と言うのですね。現実にとって意義のある暮らし方をした方が、今後のために大きくつながるとも言われています。

 ですが、例えばの話、実際に仕事や勉強をやったり趣味に打ち込んだりすることだけが「有意義」だと言えるのでしょうか。気晴らしに散歩をしたり買い物に出かけたり、もしくはただぼーっと寝転がりながらiPhoneをいじったりすることは、無意味なことなのでしょうか。多分、それは間違っていると思われます。もちろん、時が経つのを忘れてずっと寝転がり続けること自体は問題ではありますし、何か資格を取ろうと思ったらいつかは行動に移さないといけないのですが、だからと言ってずっと行動し続けることもまた問題なのですね。

 ですから、与えられた仕事や宿題はきちんとこなすとしても、それ以外の時間は自分の心と体が許す範囲で何をやっても良い、くらいの心持ちでいるのが妥当なように思います。必ずしも「有意義」に過ごさなければいけないわけではありませんし、ただ自宅の中でぼんやり過ごさなければならないわけでもないのです。通勤電車の中でも、本や新聞を読んでいる人もいればガラケースマホをいじっている人もいます。その中で、どれが正しくてどれが間違っているか、正解を求めようとするのは良くないことだと考えられます。

 私自身、以前は空いた時間には小説を書かなければいけないと思っていましたし、つい最近ですと職場で出世をするためにあの手この手で勉強をしなければならないと考えておりました。今から見返しますと、はっきり言って馬鹿馬鹿しいの一言で、自分を無理に一つの型に押し込めようとしているだけですね。そうすることだけが人生の正しい道ではないと言うのに、正しいと思い込んでしまっているところに、窮屈さが垣間見えてきます。そうではなく、最低限度のことさえやってしまえば、後は別に何もしなくたって構わないのです。どういう時間であっても「有意義」にしなければならない理由など、存在しません。

 さらに付け加えますと、自分の時間の過ごし方が「有意義」であるかどうかは、その人自身が決めれば良いことであって、他の誰かが決めてしまって良い類のものではありません。もちろん、公序良俗に反するものはご法度ものですが、社会通念上許される範囲であれば、どういうことをやろうが、「有意義でない」云々と文句を言われる筋合いはないのです。仕事を終えて帰宅したらすぐに寝てしまう生活パターンの人がいたとして、そう言う過ごし方こそが自分にとって意義のあるものならば、そう捉えたって良いでしょう。まずは自分の感情に正直になることです。

 色々と書いてきましたが、結局のところ、一見時間がもったいないと感じることがあっても、それはもしかすると自分にとって必要な時間かもしれない、ということが結論として浮かび上がってきます。ぼーっとしているのがもったいないと言わんばかりに頑張りすぎてしまうのは、はっきり言って、うつ病を引き起こす元なので、やめた方が身のためです。時には「有意義」かどうか忘れて、ゆっくり過ごすことに専念することを忘れないようにしたいものですね。