ただただMacとAppleの動向を追いかけ、求めようとしているだけで良いのかもしれない

 以前に書いた記事で、私は末文に次のように書きました。

 趣味は「Mac」。たいそう良い響きではないでしょうか。

 よくよく考えてみると、上のようなことは私の趣味としてピッタリなのかもしれないな、と思わずにはいられないのです。

 私はどうしてMacに手を出したかと言うと、根本的な動機としては、小説を思う存分書きたかったからです。しかしながら、皆さんご承知の通り、うまく行きませんでした。いくらUlyssesやScrivenerといった著名なアプリに手をつけても、あまり良いものが書けず、精神的にもあまり芳しくない状況に持っていかれそうになったのですね。まあ、Windowsを使っていたときにも、Wordや一太郎などに手をつけていたにもかかわらず成果はお察しの状態だったので、こうなることは必然だったろうと思いますが(苦笑)。

 ただ、WindowsからMacに乗り換えてからというもの、Mac独特のUIやAppleの持つブランド力にいっそう惹かれるようになってしまったのも事実です。なのでMacBookも所望していましたし、最新のiPhoneiPadを手に入れたいとも思い続けていました。もちろん、使えるお金には限界があるので、全てのApple製品のうちのいくらかだけしか、手をつけることは許されてはいませんが、できることならなるべく多くのものに手をつけたいと思っているというのが、本当のところのようです。

 もちろん、現時点では、私はAppleのコレクターを名乗る勇気などありませんし、手に入れたものを安置するスペースなど無いに等しい状態なので、コレクションする資格すらありません。とは言っても、それは今の話であって、例えば仕事を頑張ったり他の何かを頑張ったりして、収入を増やすことができれば、より多くのApple製品に手をつけられるようになるかもしれません。私としては、そのようになるように頑張ってみるというのも、一つの道ではないかと思います。

 繰り返しますが、私がMacという一つのブランドパソコンに惚れていることは疑いようのないことです。なので、惚気が冷めないうちに、できるだけこの感情を持続できるよう、あの手この手で努力していかないといけません。何か一つでも追っかけているものがあるのとないのとでは、人生の充実度というものは異なってくるでしょう。私の人生も、できることなら充実させていきたいと思っていますので、財布の許す範囲で、積極的に追いかけていきたい所存でございます。

 今は特にMaciPadなどを所有するのに理由はない状態で、これらはただ単に持つことが目的であるのですが、そうでも良いのではないのかな、と思います。私にとっては、Apple製品というのは、バッグで言うルイヴィトンのようなものだと思っています。どちらも、実用性を重視するよりはむしろ見栄を張ったりおしゃれしたりするためのものですからね(もっとも、MaciPadには実用性の高いアプリケーションも揃っておりますが)。そういうものを手にいれるために頑張ること自体は、全くもって悪くないと思います。

 ちなみに、かつてはポケモンを追いかけておりましたが、もうこちらの方はフォローする気はまるで起きないです。小説についても今はかなり下火の状態で、そろそろ創り手を名乗るのをやめた方が良いような気もしています(というか、今の私にはそういう資格などありません)。これらはもう卒業しても良いのではないかな、と思っています。むしろ、今は今の自分にできること、やりたいことを優先してゆくべきではないでしょうか。