「時間を無駄にすること」について

 私はどちらかと言うとあまり時間を無駄にしたくはないと考えるタイプで、遊んでいる暇があるのなら何か生産的なことをしなければいけないとも考えてしまいがちです。どうしても遊ぶということに抵抗を感じてしまいやすいのですね。そういうことをしている暇があるのならば、何か別のことができるのではないか、と思いがちなわけです。

 しかしながら、最近、このようなスタンスが自分の中で少々変わりつつあるように思います。要は、「空いた時間をいかに有意義に過ごすべきか」を考えるのではなく、「有意義かどうかは別として、いかに時間を無駄にするか」を考える方が、より楽な生き方ができるのではないかと思っているのです。少なくとも、休日は後者のような考え方でいる方がやりやすいです。

 そもそも、作業の効率化なんていうものを考えるべきなのは仕事のときだけで十分というものです。仕事では無駄な時間や作業というものは極力廃した方が良いですが、例えばの話、趣味や私生活にかかわる時間においては、そういったことを考える必要は全くもってありません。それどころか、いかに時間を無駄に過ごすかを考える方が、仕事との差別化、あるいはメリハリがついていて、とても良いと思います。

 このように、仕事と私生活とで別々の生き方を模索するというのは、ある意味でオン・オフの付け方の工夫の一つともなり得ます。常日頃同じ事を頑張り続けることなど不可能ですから、どこかでスイッチを切るように心がけなければなりません。いつも頭を使う仕事をしている人ならば、たまには頭を使わずに済むようなことをやれば良いでしょうし、思い切って体を動かしてみるというのも手でありましょう。このような時間は一見無駄なように思えますが、実を言うと、人生をよりよくするためには必要な時間なのかもしれません。

 一週間に一度、土曜日か日曜日に3時間ほど一人でカラオケをしなければ気が済まないという人がいるとしましょう。他人から見れば、カラオケに費やす時間は一見無駄なように見えますし、常識的に考えれば有意義とは言えません。人によってはやめるように勧めたくなることだと思います。また、カラオケを3時間となると、それなりにお金もかかりますから、それを何か別のことに使った方が良いのではないか、と言いたくもなるでしょう。ですが、当の本人にとっては、こうやって長時間カラオケをすることこそが何よりの息抜きになるのだと思っています。空いた時間は潰せますし、気分転換も図れます。また来週も仕事を頑張っていこう、という気になれるというものです。逆に言えば、何かしらの事情でカラオケをすることができなければ、途端に調子を崩してしまうことになりかねませんし、有意義な時間を過ごすことが難しくなってしまいかねません。「無駄な時間」というのは、そういうものです。

 しかしながら、最近は、空いた時間であってもなるべく有意義に過ごさなければならない、というような論調が多く出ているようで、却って物事がやりにくくなってしまうような事態が頻発しているような気がします。こういう考え方もありと言えばありでしょうが、人によっては窮屈な生き方になってしまいます。「無駄な時間」を合間で挟まないことには、ゆとりをもった暮らし方はできないと考えている人もいるくらいです。

 ただ、一つ言えることがあるとしますと、「時間を無駄にすること」というのは、心や体のメンテナンスに貢献している、ということです。どんな人であっても、定期的に調子を整えていかなければ、より良く生きるというのは困難を極めます。そのためには余力を蓄えていけるように「遊び」を作り出す必要があります。それは「時間を無駄にすること」によって初めて可能となるのです。

 ですから、せっかくの休日は、少しくらい、積極的に時間を無駄にしに行くことがあっても良いのです(「積極的」というところが重要です)。先ほど挙げたカラオケでも良いですが、映画を観たり、どこか遠いところに日帰りで出かけたりするのも悪くないでしょう。自分に合った手法を確立することこそが肝心です。誰かに強制されて行うようなものであっては、その時点で「遊び」は作り出せません。

 私自身は、Macと戯れることこそが何よりの時間の無駄遣いだと思っています。もちろん、こればかりではやっていけません。そこで、ゲームセンターやショッピングモールに出かけてみたり、観光名所に立ち寄ったりすることも結構やっています。他にも良いものがあれば良いのですが、なかなかそこまで見出せてはいないので、これから何とか見つけ出していきたいと思っています。