創り手はSNSのアカウントを持たない方が良い

 昨今はTwitterやpixiv、あるいはInstagramといったSNSの台頭で、間接的にではありますが、創り手(同人作家も含みます)の生き様というものを容易に感じることができるようになりました。これにより、以前は遠く隔てられていた創り手と受け手(創らない人)との距離が、ここ数年でぐっと縮まってきたのではないかと思います。以前は一流の創り手と言うと、私のような凡人にとっては、雲の上にいるも同然の存在のように感じられましたが、今では、創り手と受け手が同じフィールドに立つことも珍しくなくなりました。創り手が雲から降りてきたか、それとも受け手が次々と雲に乗ってきたかは分かりませんけれども、とにかくそういう現象があちらこちらで見られるようになってきたのではないでしょうか。

 ですが、このような流れは本当に好ましいと言えるのでしょうか。私の過去の記事をご覧になってくださっている方にはすでに自明のことだと思いますが、私自身はこういう風潮には断固として反対です。そもそも、創り手はあくまでも作品で勝負すべきものであります。例えば土曜日や日曜日に何を食べたか、もしくはいついつにどこへ出かけたか、何を買ったか、といったような瑣末な情報を常日頃発信するようなことは、できることなら、控えていただきたいところです。作品をどのようにして創り上げるかを公開するのも、創り手になることを志望する者にとっては有用かもしれませんが、そうでない方には、はっきり言って、弄ばれるだけの都合の良い玩具に過ぎないと私は思っています。

「都合の良い玩具」という言葉が出ましたが、創り手に限らず、いわゆる「著名人」本人のアカウントは総じてそういうものではないでしょうか。SNSにおける面白さと言えば、作品をポンと公開してお目にかけるということではありません。そういうことなら小説本や画集などに目を通したり美術館や映画館に足を運んだりすれば良いのですからね。そうではなく、著名人たちがこぞって私生活を公の場に晒すこと、これこそがSNSの面白さのうちの一つなのではないかと思います。*1

 ですが、本来ブラックボックスの中に入っているはずの私生活やら考え方やらを見せたところで、いったい何になるというのでしょうか。受け手の人たちから共感を受けることはあるかもしれません。創り手と受け手とが以前よりもフレンドリーになることも考えられるでしょう。けれども、一方で、創り手の発言が受け手の気に入らず幻滅してしまう、なんてことも続々と起こり得ます。しかも、見識の稚拙さなどによって幻滅がドミノ倒しのように起こり、「炎上」にも繋がります。この「炎上」という厄介者、いったい何がその源となるか分かったものではないから、怖いものです。

 ですから、余計なことを言って火種を撒かないようにするためにも、SNSはなるべく使わないようにしたい、というのが私の姿勢でございます。創り手たちがSNSのアカウントを手放してくれれば、それが一番良いのです。とは言え、営業などのためにどうしても使わないといけないケースはあるでしょう。それでも、最新作の宣伝など、必要最小限度に留めておくべきです。息抜きがてら私生活を見せていた人たちは、もっと別のことに時間を使ってほしいと思います。

 作家集団はクローズドであれ、と言いたいのではありません。必要以上にオープンでありすぎるのがSNSのもたらしてくれた問題であるわけで、オープンとクローズドの区別がしっかり出来ていれば問題ないのです。創り手たちが普段どういうことをやっているか分からないからこそ、彼らが提供している作品だけで人間性などを判断するしかなく、その結果彼らに尊敬の念を抱く。それで良いではありませんか。もし創り手の性格や所業等に問題があれば、自然と溢れ出てくることでしょう。

 繰り返しますが、創り手は作品で勝負すべきものです。どれだけ多くの人と繋がっているか、どれだけ大きな評価点をもらっているか、どれだけ良い暮らしをしているかは、はっきり言って問題外でございます。プロ野球だろうが草野球だろうが、スポーツをやるからにはそれなりの結果が求められます。学校のテストの点が悪い言い訳として、遠くの地へ旅行に行っていたと言っても、おそらく通用しないでしょう。それと同じ理屈です。

 そもそも創り手に限らず、どんな人であれSNSを使うのは、本質的には大変難しいと思います。多くの情報が流れてくる中で、それらのうち、どれが自分にとって有用かを判断するのは困難を極めます。どうでも良い瑣末な情報が多数で、自分にとって本当に役に立ちそうのはほんの少ししかありません。それに、全ての情報が正しい(正確という意味です)とは限らないです。これらの条件がある中で、全ての情報に目を通しつつ、コントロールしてゆくというのは、おそらく無理でしょう。ほとんどの場合、ただ疲れるだけで終わってしまうのではないでしょうか。これこそ、いわゆる「SNS疲れ」の原因の一つだと思います。もっとも、正確な情報がどういうものであるか、その目を養うための練習にはなるかもしれません。しかし、そんなのはTwitterInstagramを使わなくてもできます。

 ともあれ、多くのリスクを背負ってでもSNSを使う理由など、もはやありはしません。多くの学校や企業などでは、SNSで余計な情報を垂れ流さないように、との教育を受けていると思います。同じように、創り手も余計なことを書かないでいただきたいです。ですが、SNS自体も企業のうちですから(忘れられがちですが)、あの手この手で書く意欲を掻き立てようとしてきます。この誘惑と常日頃戦って過ごすくらいなら、そもそもアカウントを持たないのが最善策というものです。「SNS疲れ」やSNS上での論争を起こしたくないなら、SNSを利用しなければ良い。単純な理屈です。

*1:かつて上岡龍太郎という芸能人が繰り返し言っていましたが、テレビの面白さと言えば、玄人が私生活を見せるか素人が芸をするか、この二つに一つ、なのだそうです。これはインターネットにおいても全然変わっていないのではないでしょうか。